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横浜地方裁判所小田原支部 平成元年(ヨ)67号 決定 1989年7月28日

債権者

横山隆

右訴訟代理人弁護士

横山国男

星山輝男

三木恵美子

折本和司

債務者

追分交通株式会社

右代表者代表取締役

亀井房吉

右訴訟代理人弁護士

岡昭吉

主文

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し平成元年四月一五日から本案判決確定に至る迄毎月二五日限り二八万七六〇六円を支払え。

三  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一  当事者の申立て及び主張は双方提出にかかる書面記載のとおりであるのでこれを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  懲戒解雇の存在

当事者間に争いがない事実及び本件疎明によれば、以下の事実を一応認めることができる。

1  債務者は、肩書地においてタクシー業務等を営む会社で、債権者は、昭和五三年六月債務者会社に入社したタクシー運転手である。

2  債務者は債権者に対し、平成元年四月一四日懲戒解雇処分に付する旨通知した。

3  その理由は、(1) 平成元年四月六日の深夜割増料金不正収受 (2) 同月一一日の右同旨 (3) 同年三月一〇日の深夜割増料金不正走行で、いずれも故意に基づく行為と解されること、債権者の過去の勤務態度に問題があり、暴行、脅迫、器物損壊等により昭和六一年七月一〇日、昭和六三年二月六日に各出勤停止七日間の懲戒処分を受けていることから情状悪質というにあり、債務者の就業規則第四六条(懲戒)<6> 会社の名誉や信用を損じたもの<13> ハイヤー料金を不当に授受したもの <16> その他各号に準ずる程度の不都合があったものに該当するとして、同規則第四七条<4>の懲戒解雇をするというものである。

4  右理由の(1)(2)については、債権者はいずれも、故意に基づくか否かは別として、深夜割増料金時間帯でないのに深夜割増料金メータースイッチを押して走行した。

5  債権者は、昭和六一年七月一〇日、組合活動に関連して債務者との話し合いの席上、債務者の常務取締役亀井茂に対して暴行を加え傷害を負わせたことを理由として、出勤停止七日間の懲戒処分を受け、更に昭和六三年二月六日、債権者が債務者に対し退職金の前借りを申し込んで断られたことから、後記追分交通労働組合員と差別されているとして、債務者会社内に木刀、小刀を携えて入り、債務者の机、窓ガラス、間仕切り、床板等を損壊等し、怒声で執務を妨害したこと等の理由で、出勤停止七日間の懲戒処分を受けた。

6  債務者は、タクシー乗客から債権者の接客態度等について不満苦情を述べられたことがあった。しかし、これにつき債務者が債権者を具体的に注意指導したことはない。

右3の解雇理由のうち(3)は、後記追分交通労働組合書記長内田忠が前記(1)の事実を目撃した事を債務者に報告した際に併せてその目撃事実を申告したものであって、その申告内容はにわかに信用できない。その他これを認めるに足りる疎明はない。

二  不当労働行為の成否

ところで本件疎明によれば、以下の事実をも一応認めることができる。

1  債務者会社には、昭和五五年結成の全国自動車交通労働組合総連合会神奈川地方本部追分交通支部(以下「支部組合」という)と、同年結成の追分交通労働組合(以下「単一組合」という)とがあり、現在債務者の従業員約三二名のうち支部組合五名、単一組合二二名で、両組合は対立関係にある。

2  債権者は支部組合結成当時同組合に加入し、一時脱退したが、昭和六一年再加入して以来同組合支部長に就任し、昭和六二年以外は本件解雇に至る迄これを務めた。

3  支部組合は従来債務者が深夜労働の割増賃金を正当に支払わないとして、債務者に対しその是正を要求していたが、昭和六三年三月債務者がその是正策としてみなし残業規定を含む就業規則の改定を提案し、単一組合はこれに賛成して同年五月から実施されたが、支部組合は同年四月平塚労働基準監督署に対しこれらを不当として申告した。そして同年一一月同監督署から債務者に対し、五名の労働者への割増賃金額の是正勧告とともに、みなし労働時間でない労働基準法三七条に適合する賃金計算方法等を定めるよう指導がなされた。

これらの監督署の勧告指導を巡る支部組合と債務者との話し合いが順調にいかぬまま、支部組合は平成元年三月三〇日平塚労働基準監督署に対し、債務者の勤務体制の改善を申告した。監督署は即日、債務者に対し、債務者の勤務状態のうち常態となっている連続勤務、公休出勤、時間補充等について厳重注意をした。

債務者は翌三一日「告示」と題して、右の旨及びこれらの四月三日からの中止を全従業員に通知した。

4  ところで、右連続勤務等は賃金収入の増加につながるためこれを歓迎する従業員も多く、とりわけそのような者の多い単一組合は、支部組合の監督署への申告を、高収入の道を閉ざす如き真似をしたと嫌悪した。そして債務者からその経緯を聞いた三月三〇日、同組合委員長沢飯隆夫、書記長内田忠等において支部組合員である長谷川朝美に対し、「監督署にチクッたりすると喧嘩になるぞ、どうなるかわからないぞ」等と脅迫的な言辞を弄した。又、債務者の前記告示にかかる決定に同意せず、支部組合への報復として、支部組合員である操車係長谷川を困惑させ、ひいては支部組合の債務者に対する印象を悪くするため同人に対する無線応答を夜一〇時以降拒否する旨を全員集会にて決議し、四月三日から実施した。

5  四月六日、債権者の深夜割増でない時間帯の割増メーター走行が単一組合書記長内田によって発見され、翌七日債務者に通告された。

債務者は同月九日乗務記録等から乗客を調査し、同月一二日当該乗客荒谷と面会して事情を聞いた。

その前日たる一一日、債権者は再び深夜割増でない時間帯の割増メーター走行をして、これまた内田により発見された。

債務者は翌一二日債権者のメモに従い、乗客大川を訪問して事情を聞いた。

いずれの乗客も、債権者の対応について明確な記憶がなく、債務者に対しさほどの被害感情を抱いていなかった。また、債権者はいずれの場合も債務者にメーター料金どおりに納金し、債務者に直接の損害を与えたものではない。

なお、かかる割増メータースイッチの誤操作はしばしばあるが、債務者会社においては仲間同士或いは操車係を通じて注意するに止まり、それが債務者の役員にまで報告されることはこれ迄になかった。それゆえかかるメーター不正を理由に債務者が懲戒処分をしたことは本件に至る迄ない。

7(ママ) 内田は、四月一三日債権者に対し、「挑戦状だ」と言いながら同月一二日付の債務者に対する報告書外一通を示し、かつこれらを社内の掲示板に貼った。右各書面は債権者の四月一一日の深夜割増不正を種に債権者個人ひいては支部組合を非難揶揄した内容であった。

8  債権者の懲戒解雇処分の翌日である四月一五日、単一組合は全員集会にて前記4の無線応答拒否を解除することを決定し、これを債務者に通知した。

以上の事実に一で認定した事実を総合した事実関係の下では、本件懲戒解雇は、債務者において、労働基準監督署にしばしば通告する支部組合を嫌悪し、これと対立する単一組合の争議行為を収めるために、支部組合の委員長たる地位にある債権者に対し、単一組合の書記長の申告事実に則り、これらを口実としてなされたもので、労働組合法七条一号の不当労働行為に該当するといわなければならない。かかる事情の下では、債務者の本件懲戒解雇理由のうち、債権者の割増料金不正が故意によるものか否か、乗客との料金処理をどうしたかなどの事情は関係がなく、検討する必要もないものである。

三  債務者の解雇の効力

前項のとおり、債務者の本件懲戒解雇処分は不当労働行為に該当して無効である。

債務者は、予備的に平成元年四月一四日付、同年六月一二日付普通解雇の主張をするが、これらの理由とするところは、前記懲戒解雇理由に若干付加するところはあるものの、主要な点は同一であり、この間の事情は前記認定のとおりであるので、いずれにしろ債権者を債務者から排除して支部組合に打撃を与える目的に出た不当労働行為であることに変わりはない。よって、その余の検討をするまでもなく、これらの解雇はいずれも無効である。

四  賃金請求権及び保全の必要性

債権者の平成元年一月から同年三月迄の平均賃金額が二八万七六〇六円であること、債務者の賃金支給日が毎月二五日であることは当事者間に争いがない。

本件疎明によれば、債権者は債務者からの賃金により生計を立てていると認められるので、地位保全及び賃金仮払の必要性を認めることができる。

五  結論

以上検討したところによれば、債権者の被保全権利を認めることができ、保全の必要性もあるので、保証を立てさせないで本件仮処分申請を認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 元吉麗子 裁判官 東原清彦 裁判官 池本壽美子)

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